時間の巻
1日が長い。
とても長い。
実際は24時間しかないのは知ってるし、
そのうち起きてるのは20時間前後なのはいつも変わらないけれど、
1日がとても長い。
部屋には誰もいない。
今日は外には出かけない。
部屋にはなにを伝えるわけでもないテレビの騒音が鳴り響き、
時計の針は嘘か本当かわからない時間を刻む。
台所の蛇口から落ちる水滴の方が、
時計より正確に時を刻んでいる気がする。
部屋に伸びる太陽の影の方が、
僕に一瞬を教えてくれる。
1日が長いというか、
時間の進み方がいつもよりゆっくりな気がする。
やることはある。
けどやる気にはならない。
ベッドの上とトイレを行き来し、
来るはずのない連絡を、
今か今かと待っている。
その長さたるや。
その遅さたるや。
そんなことをしていると、
いつの間にか3時間が経っている。
携帯の充電が20%になっている。
窓の外が暗くなって、
また明るくなる。
やることは終わってない。
連絡は来ない。
携帯は鳴らない。
テレビは動かない。
時計は止まらない。
1日は長い。
1時間はもっと長い。
1分はとても長い。
1秒は短い。
何かを待っている時間ってすごい長くて、
ほんの数分でもとても長く感じる。
カップラーメンを待つ3分は、
駅の乗り換えで焦る3分よりも、
ゆっくり進んでいるんじゃないかと思う。
でも過ぎ去った時間はとても短くて、
1週間でも1ヶ月でも、
過ぎてしまえば全部総集編になってしまって、
いいこととか悪いこととか、
どうでもいいことばかり記憶に残って、
本当はもっと長かったのに、
本当の時間の長さを忘れてしまう。
長さってきっと相対評価だから、
自分の想像していた時間の長さと、
実際に経っていた時間の長さを、
毎回勝手に比べているんだと思う。
本当は時間の長さはいつも一緒だし、
時間の進み方はいつの僕でも一緒である。
毎回同じように過ごしているのに、
そんなことすら学べない。
いつになっても待ち時間は長いし、
いつになっても過ぎた時間は短い。
他人の時間はいつも早いし、
自分の時間はいつも遅い。
時間はとても平等で、
時間はとても不平等だ。
携帯が鳴った。
連絡が来たみたいだ。