独り言

本当に独り言です

抜け殻の巻

目が覚めると目の前にはいつも使っている水色の枕があって、

左を見るとLINEが開きっぱなしになっている。

右を見ると役目を終えた目覚まし時計が静かに眠りについていて、

液晶画面が朝の9時を表示している。

 

今日の僕は人の形に包まれた春巻きのようなもので、

頭の部分にはたっぷりの白子ポン酢が詰まっている。

これじゃあ何も考えられやしない。

耳の部分は溶けだしてパリパリに焼けたチーズのようで、箸でつつくと簡単に割れてしまう。

これじゃあ何も聞こえやしない。

口元はケチャップで描かれた唇があるだけで、声帯がない。

これじゃあ何も話せやしない。

目には黒くて大きいタピオカが詰め込まれていて、

ストローで吸い出されないか心配だ。

これじゃあ何も見えやしない。

 

頭の中が白子ポン酢になってしまったせいで、

お腹が空いているのか空いていないのかもわからない。

腕の中には餃子のタネが大量に詰まっていて、

力を入れることもできやしない。

 

他人の話がチーズから白子ポン酢に伝わってチーズに抜けていく。

話したくてもケチャップの唇は動かない。

僕はただ丸くなってまな板の上に置かれている。

全てがもぬけの殻になってしまったみたいだ。

生き心地がしない。

 

自分が生きていることを思い出すためにいつもより早く歩く。

荒い息。

食いしばった歯。

早まる脈。

上がる体温。

そうだ。

僕は生きているんだ。

生きているはずなんだ。

 

生きていると言いたい。

生きていると言わせてくれ。

声は出ない。

誰かに生きていると認めてもらいたい。

僕は生きていると教えてほしい。

チーズの耳にあなたの声は届かない。

けどきっと、

私はあなたの声を求めている。

 

見えているようで何も見えていない。

聞こえているようで何も聞こえない。

少しでも聞こえるかと思ってイヤホンから流れる音楽のボリュームを上げる。

孤独を振り払うように身体を揺する。

意識が急にまな板の上から現実に引き戻される。

さすがに白子ポン酢も大きな音は嫌いらしい。

僕は音楽のボリュームを元に戻す。

 

気がつくとベッドの上にいて、

右手には携帯が握られている。

左を見ると寝ていたはずの目覚まし時計が、

夜中の2時を表示している。

 

今日は何をしていたんだっけ。

僕はどこにいたんだっけ。

明日は早起きしなきゃいけない。

そっと電気を消して眠りにつく。