独り言

本当に独り言です

初夏の巻

影が濃くなると夏の足音が聞こえてくる。

何気ない通学路に木陰が映える。

入道雲の影が大通りを堂々と歩き、

春の終わりを予告して去っていく。

 

タンスの中で服が春と夏を行ったり来たりしている。

明け方、

春の名残を感じてタンスからパーカーを引っ張り出してくる。

2着しかない薄いパーカーを見ながら、

なんでもっと買っておかなかったのだろうといつも後悔するけれど、

そんなことを思ってもタンスの中には2着しかパーカーがないので、

黙って片方に袖を通す。

今度薄いパーカーを買おう。

季節はもう夏だから、

買うとしたら秋になるのかな。

そう思うと、

秋も意外と呆気なくやってきてしまうのかもしれない。

 

太陽が本気を出し始めた昼過ぎ、

大学の最寄り駅に着いて汗を拭う。

明け方羽織ったパーカーも、

今や畳まれて腕の中。

歩くには少し荷物がかさばる。

こんなことならパーカーなんて着てこなきゃよかったと思う時には、

明け方の御恩を忘れている。

なんて薄情者なんだろう。

駅から大学の近くまで流れる小さな川で、

カモが水浴びをしている。

お前ももう少し薄着してくればよかったのにな。

そう言いながら大学を目指す。

 

木漏れ日がだんだん煌めきを増してきて、

葉の緑が日に日に濃くなっていく。

コンクリートの上を尺取虫が慣れなさそうに歩き、

名前も知らない蝶が彷徨うように飛び交う。

紅白のツツジが脇道を彩り、

その真ん中を大学生が、

画面を見ながら通り抜ける。

あぁ面白くない。

世界はこんなにも輝いているのに、

人はそれを知らずに歩くのである。

こんなにもったいないことがあろうか。

周りを見渡せば広がる世界を見ずに、

画面の中に広がる世界を眺める愚かな人間達。

そんな人達を嘲笑うように、

僕は風にのって歩く。

 

気がつくと日が沈むのが遅くなって、

窓の外はまだ明るいのに、

時計は18時を指している。

街を歩く人の影が長い。

密かに燃ゆる山の端を後目に、

僕は帰路につく。

思ったより冷えてきたなと、

カバンにしまっていたパーカーを取り出す。

やはり持ってきて正解だったなと、

僕はパーカーに袖を通す。

なんて自分勝手なんだろう。

行きに見たのと同じかわからないが、

夕日に向かって飛んでゆくカモとすれ違う。

あいつも夏が恋しいのかな。

 

あぁ。

夏が来る。