独り言

本当に独り言です

法要の巻

30度を超える真夏日に、

炎天の下で喪服を着た男女8人がひとつの墓をぐるりと囲むように立っている。

僕もまたその中のひとりで、

手につけた数珠の珠の数を数えながら、

時が経つのを静かに待っている。

頭の上をツバメが通る。

空は青い。

遠くで踏切の音が聞こえる。

 

時計の針が11時を指すと同時に、

微かに見えるお坊さんの姿。

陽炎がゆらめく。

 

お経を唱えるお坊さんの低い声が、

墓地に響き渡る。

遮るものはなにもない。

 

墓地というひとつの池の上に、

お経という水滴を垂らす。

落ちたところから波紋が同心円状に広がって、

池の端で止まる。

訪れる静寂。

 

祖父の七回忌、

曽祖父の十三回忌、

曾祖母の三十三回忌、

3人分のお経を唱える。

「3人もどこかで見守られていることでしょう」とかお坊さんは言うけれど、

我々から3人の姿は見えない。

ずるい。

どうせ見守るなら見えるところで見守ってくれ。

空には雲とツバメしかいない。

 

過去は忘れゆくものだから、

祖父の姿も、

曾祖父の姿も、

そんなに覚えていない。

曾祖母に至っては、

僕が生まれる前にもう亡くなっているので、

思い出しようがない。

 

最後に全員で「南無阿弥陀仏」と唱える。

墓を囲んで手を合わせお経を唱える姿を見ると、

これが宗教なんだなぁと感じる。

普段は仏様とは無縁の生活を送ってるくせに、

こういう時だけちゃっかり仏様は出てくる。

神様はいないとか言っていても、

意外とこういう時にお世話になっている。

これじゃあ迂闊に無宗教とは言えないな。

 

昨日見た極楽浄土の壁画を思い出す。

仏様ってあんな感じで浮いて、

あんな感じでやってくるのか。

ちっちゃい付き添いの神様めちゃめちゃいるし、

あれで来られたらちょっと笑っちゃうかもしれない。

ごめんなさい仏様許してください。

別に悪気はないんです。

 

法要が終わって近くの料亭に移動。

いつもは食べないような日本料理をつまみながら、

故人の話に花が咲く。

 

誕生日の3日前に曾祖父が息を引き取る時に、

祖母が一言、

「あと3日だけ延ばしてやってください」

と言ったそうな。

あぁ。

結局、

我々は生に執着してるんだなぁ。

急に生きていることが苦しく感じる。

 

窓の外にツバメが3羽。

どこかで機関車の汽笛が鳴っている。