独り言

本当に独り言です

薄情の巻

私は薄情なのかもしれない。

 

別に薄情なことが悪いと思ったことはないが、

薄情であることは少しばかり生きにくいことなのかもしれないとふと思ってしまった。

 

伯母が倒れたという連絡をもらったのは、

家の近くのスーパーで買い物をしている時だった。

伯母は大阪に住んでいて、

私の記憶が正しければそろそろ還暦を迎えるくらいの年頃である。

脳出血か何かしらで倒れて救急車で搬送されたらしく、

父親が病院に駆けつけるらしい。

 

詳しい容態は知らないが、

私はその連絡を受けた時に、

何も思わなかった。

本当に何も思わなかったのである。

まるで全然急ぎじゃない事務連絡が来た時のように、

「あっそうなんだ」くらいでしかなくて、

いつものように「了解」と返信をして、

携帯を閉じた。

 

伯母は父親の姉なので、

父親にすれば相当緊張しただろう。

ましてや脳出血である。

きっと死んでもおかしくない状態だろうし、

生きていても後遺症が残ったりするかもしれない。

そんな状況で、

私は特になんとも思わなかった。

「お大事に」の一言すら出てこなかった。

所詮私はその程度の人間なのだ。

 

私の親戚は総じて私より年上なので、

いつ誰が倒れてもおかしくないし、

同様にいつ誰が死んでもおかしくないのだろう。

死というのは常に生と隣り合わせだけれど、

生が見えているときは死は見えないし、

その瞬間になってはじめて死を経験するのだ。

 

病気だって予防しようと思えば予防できるものもあるけれど、

そういう病気というのは大抵小さなもので、

大きな病気に関してはもう予防どうこうではなく、

なってしまったらしょうがないみたいなところがあると思っている。

これは多分私の医者嫌いも相まってそう感じている部分が大きいのかもしれないが、

医者嫌いの話はまた今度にしよう。

 

感受性や想像力が豊かなのと情に厚いのは別なので、

私は他人に起きた“なにか”に対して、

特段感情を動かす気はない。

それをやりすぎたって、

結局自分が疲れてしまうだけだと思うから。

まぁどこからがやりすぎかどうかという判断も、

人によって違うのだろうけど…