接続速度の巻
自転車に乗った。
1週間前に借りたDVDを返すために、隣町まで自転車に乗った。
携帯も、時計も、財布も持たずに、DVDと自転車の鍵だけを手にして、家を飛び出した。
太陽は既に地平線の向こうに隠れ、街は夕暮れと夜の間を彷徨っている。
時間の流れや、他人の存在が鬱陶しく感じる。
いつどこにいても、時間を気にしてなくてはならないし、人の目も気になる。
自分の中の絶対という価値よりも、他人の相対評価の価値が高くなる。
好きだと思うことに、理由が必要になる。
“情報”が溢れる世界では、“情報”に触れないことが悪いことのように感じる。
ただ何気ない日々を過ごすだけでは、人間としての価値が劣化していくらしい。
街が夜に染まってゆく。
自転車の両輪だけが、この世界と物理的に接続している。
自己を正当化することに、限界が迫っている。
動物園にいた動物は、いきなり野生には帰れない。
けれども、その動物園はいつまでもそこにある訳ではない。
知っているようで知らない街を、自転車で駆け抜けていく。
本来体感し得ない速度で、街との距離が縮まってゆく。
突然、体がその速度に耐えられなくなり、胸が苦しくなった。
今まで当たり前だと思っていた世界との接続速度は、いつの間にか速すぎるものになっていた。