食べ残しの巻
薫くん。君は食後に罪悪感を感じたことはあるかい?
罪悪感?そりゃあるとも。たらふくご飯を食べた後に体重計に乗って、何度己の罪を悔いたことか……
そんなことは罪悪感のうちに入らないよ。なんかもっと、申し訳なさみたいなものを感じたことはないのかい?例えば、ごはんを残してしまったとか。
ごはんを残すなんて、僕もそこまで身の程をわきまえていないわけじゃないよ。ごはんは自分の食べられる分だけ取るようにしてるし、予め食べきれないことがわかっていたなら、誰かに食べてもらうなり、持ち帰らせてもらったり、それくらいの配慮はするさ。
まさか君、ごはんを残したなんて言わないだろうね?
うーん。なんというか微妙なところなんだけど。薫くん、カップ麺は食べるかい?
まぁ、ひとり暮らしをしてりゃ何日かに1回は食べるよ。それで?
僕、この前、カップ麺のスープを残しちゃったんだ。いつもはカップ麺だけじゃなく、普通にお店でラーメンを食べる時も、スープまで全部飲むようにしているんだ。けど、その時はたまたまおなかがいっぱいになっちゃってさ、結局飲み干せなかったんだ。それでね、その後僕の親が片付けにやってきて、僕のカップ麺の残り汁をシンクに流したんだけど、僕はその時、シンクに黒く広がった醤油ベースのスープの跡を見て、食べ物を捨てたことへの罪悪感みたいなものをすごく感じたんだ。
薫くんは、そういう経験はない?
うーん、そうだな。確かに僕もそれに近い経験ならあるかもしれない。
ほら、コロナが流行る前は、サークルのみんなで飲み会に行くこともあっただろう?そういう時って大体テーブルごとに1枚の大皿で料理が出てくるんだけど、その時の居酒屋は、揚げ物系の皿の端っこに少しだけ、本当に少しだけさ、皿全体の5%にも満たないくらいの量のキャベツを乗せてくるんだ。まぁあれだ、皿一面茶色だと見栄えが悪いから、色を足そうみたいな発想だよな。
それで揚げ物が出てきて、みんな揚げ物を食べるのさ。ところが、揚げ物を食べ終わって周りを見渡すと、どのテーブルも付け合せのキャベツは綺麗に残ってる。そりゃそうだ。雀の涙ほどしか乗ってないキャベツに、わざわざ飛びつく奴がいないのは目に見えてる。でも、そのキャベツだって食べられる訳じゃないか。僕は自分のテーブルのキャベツはちゃんと食べたけれど、流石に他のテーブルにキャベツだけ食べに行く勇気はなくてね。そのまま、食べられるはずのキャベツが捨てられるのを、ただ見ていることしかできなかった。その時は確かに、罪悪感があったような気がするな。
そうか、それは災難だったな。
ねぇ薫くん。こういう時、僕らはどうすればよかったんだろうね……
うーん……どうすればよかったんだろうね……