独り言

本当に独り言です

紺青の巻

目が覚めると、時計は13時を指していた。

何もやる予定がないと、

こんな時間に起きてしまう。

(本当は行きたい番組発表会があったが、結局それに行くことはなかった)

そんな遅くまで寝ている原因は、

どう考えても夜中の3時まで盟友とLINEをしていたからなのだが、

それを辞めて早く寝て早く起きるか、

遅くまで起きて昼過ぎまでゆっくり寝るかの2択があったとしたら、

僕は迷いもなく後者を選ぶ人間なので仕方ない。

どこかの何かの記事で読んだが、

朝型と夜型は遺伝子レベルで決められているらしい。

そうすると僕は夜型の人間なので、

どう頑張っても朝型の人間にはなれない。

仕方ないよね。

遺伝子レベルなんだから。

 

先日、コナンの映画を見に行った。

読者諸君、安心してくれ。

ここから先は最大限ネタバレをせずに話を進めるつもりだ。

もしまだ見ていなくて、

どうしても読みたくない人は、

ここで引き返してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

準備はいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、始めよう。

 

単純にすごいと思った。

これは映画だけでなくアニメなどでも言えることなのだが、

作品というものには終了時間があって、

その終了時間に物語が帰着するために登場人物が動いている。

しかもこういう「作られたもの」には無駄な部分が基本ないので、

ちょっと頑張れば話の途中で犯人の目星がついてしまう。

しかし今回この映画を楽しめたのは、

僕が思った以上に伏線がたくさん張られていたからである。

終盤15分〜20分にかけて、

前半1時間を使って壮大に張られた伏線が、

あれよあれよという間に回収されていく様は、

見ていてとても心地がよかった。

犯人や動機、殺人方法などのメインの伏線から、

登場人物の服装、仕草、言葉の端々にまで張られたサブの(?)伏線まで、

最後の一言を含めて全て回収されている。

 

そしてもう1つ、今回の作品には主に3つの要素が上手く織り交ぜられていた。

京極真、怪盗キッド江戸川コナンの3人が起点となって生まれた3つの物語が、

どれかが突出しているわけでもなく、

どれかが埋もれているわけでもなく、

全部それぞれの要素が平等に合わさって、

物語が終了時間へと向かっていく。

見終わった後の達成感がすごい。

青山先生、恐るべしである。

 

純黒の悪夢みたいにアクション要素がめちゃめちゃ強い映画だと思って見に行ったら全然そんなことはなかった。

見に行ってない人達、もったいないぞ。