限界の巻
雨の中、銭湯に向かう。
今日の雨は、降っているというより置いてあると言った方が正しいと思う。
目の前に小さな雨粒が落ちていて、自らその雨粒に当たりに行くようなものだった。おかげで傘が全く役に立たない。
最近は、銭湯で自分の限界に挑戦している。
具体的には、熱い湯船にどれほど長く入っていられるか、あるいは水風呂にどれだけ耐えられるか、の挑戦である。
湯船に入る時、最初は快感に始まる。
自宅では絶対に伸ばせない足を悠々と伸ばし、存分に風呂を楽しめる。洗い場や脱衣場を眺めながら、今後の混雑予想などをして気を休めることだって容易い。
しかし、5分を超えると状況が変わってくる。今まで快感だった湯船が、途端に拷問器具に思えてくる。
6分を過ぎた辺りで、額から汗が噴き出し始める。気持ちの余裕が減退し、ただ壁の一点を見つめるようになる。
そして8分を過ぎると、最早周りを気にする余裕などなくなる。伸ばしていた足を折りたたみ、自分の掌との問答が始まる。あと2分で10分だからと、心の中で2分を数えるが、視界は半分ぼやけており、気を抜くと今何秒数えていたかすらすぐに忘れてしまう。汗がメガネに垂れる。仕方ないので目をつぶって10分になるのを待ち、10分経ったところで急いで湯船を出る。
ふらふらしながら水風呂に向かう。
足を入れる瞬間、爪先に稲妻のような冷たさが走るが、水風呂を欲する体は止められない。そのまま肩まで入水する。
水風呂も最初は快感に始まる。今まで熱せられてきた体が、水風呂の中で解き放たれる。助走もなしに水風呂に入るのは自殺行為かもしれないが、助走を経た水風呂は極楽浄土のような穏やかさで我々を迎え入れる。
しかしそれも束の間、最初の症状は踵に来る。
3〜5分も経てば、踵の震えが大きくなる。手先足先は完全に冷えきり、胴体の温もりだけが命綱になる。
そして、体の芯まで冷えきった瞬間から、拷問が始まる。ここからのルートは2つしかない。1つは諦めて水風呂を離脱し、再び湯船戻るルート。そしてもう1つは、拷問をくぐり抜け、無の境地に達することである。湯船の場合であれば水風呂に逃げ込むルートしかないが、水風呂の場合は冷たさに耐える選択肢が生まれる。そしてこの拷問を耐え抜いた先には、再び極楽浄土が現れるのであった。
水風呂の限界は無いに等しいが、湯船の限界は未だ10分の壁を越えられずにいる。
いつか堂々と15分入り切ってやりたいものだが、その前に家のお風呂が直ってしまうかもしれない。
複雑な気持ちである。