好きの巻
薫くん。ちょっと考えていたことがあるんだ。よかったら聞いてもらえないかな?
突然恐ろしいことを言うね。君の考えごとなんて、どうせ考えても意味のないことか、考えても全く意味のないことのどっちかだろう。
そんなこと言わないでくれよ。僕にとっては大事な問題なんだ。
わかったわかった。それで、君は一体何について考えているんだい?
そうだな。最近僕は、自分の好きなものについて考えていたんだけど、考えているうちに1つの結論にたどり着いたんだ。
ふーん。それで?
そこで、僕の結論を話す前に、薫くんにひとつ聞きたいんだけど、薫くんは自分が何かを「好き」になる時、どういう風にして「好き」になっているんだと思う?
なんだ、君はまたそんなことを考えていたのか。そんなことを言ったって、僕らが何かを「好き」になるのに、理由なんてないだろう?
確かに僕は、薫くんのそういう詩的な部分は嫌いじゃないけど、今求めてるのはそういう答えじゃないんだ。ほら、他になにかないかい?
そんなことを言われたって、みんな君みたいにすべてのことに正解を求めている訳じゃないんだから、そんなことなんか考えたこともないよ。
それより、君はもう結論が出ているんだろう?もったいぶらずに教えてくれよ。
そうか、わかった。
これはあくまでも僕の意見なんだけど、僕は「好き」になるということには、何か共通点というか、すべての「好き」に至る一歩手前に、それとは別の共通項のようなものが存在するような気がするんだ。
なるほど、それでその共通項とやらは一体なんなのさ?
うーん。僕も正確にはわからないけれど、何となく「救い」のような気がするんだ。
例えば、僕は星野源が好きだけど、それは中学生の時にたまたまラジオで知って曲を聞いたことに始まる。僕はその時、恐らく辛いと感じていたことがあったんだと思う。原因までは詳しく覚えていないけどね。でもそんな時、ラジオからふと彼の曲が流れてきて、僕はそれに救われたような気がしたんだ。それで僕は星野源が好きになった。
もしかしたら、その時僕を救ったものが別の何かであったら、僕は星野源を好きになっていなかったのかもしれない。そう考えたら、やっぱり「好き」の前には「救い」があるような気がしないかい?
まぁ、君の言いたいことは何となくわかるよ。それが全てのことに当てはまっているのかは、また別の話だけどね。
それはそうとして、じゃあ僕からもひとつ聞きたいことがある。君にとって「救い」とはなんだい?神様みたいなもの?あるいは自分のことを全肯定してくれるもの?君の考える「救い」とは、一体何者なんだい?
「救い」か……。
どうやらこの問題は、もう少し時間が必要そうだね。
今日はこの辺にして、散歩に出かけないか?ちょうど雨も止んだところだし、今なら街も雨上がりのいい匂いがするかもしれない。さぁ、どうする?