別れの巻
10年以上使い続けていた硯の端が、ついに欠けてしまった。
筆の余計な墨を拭い続けて拡張されていった硯の端。
そこだけ1cmくらい硯が膨らんだかのように形が変形していた。
その大きさ、そして硯の形の歪さが、自分が長く書道を続けてきたことの証でもあった。
異変に気づいたのは今日の稽古が終わった時。
硯の端に、裂け目ができているのを見つけた。
そのままだと使う時に邪魔になるからと、仕方なく割れた部分を取り除き、捨てることにした。
それまでは硬くてビクともしなかった硯の端が、とても柔らかく、力を入れずとも簡単に取れた。
私はそれを、ティッシュに包んでゴミ箱に捨てた。
捨てる時はなんとも思わなかったが、後になってから段々と後悔の念が込み上げてきた。
今までの十数年の歴史を、私はいとも簡単に捨ててしまったのである。
なぜそんなことをしてしまったのかとも思ったが、思ったところでもうどうしようもない。
私はただ、欠けた硯の端を眺めることしかできなかった。