桜の巻
外に出ると、桜の花が目に入った。
就活の準備や花粉症の影響で久しく外に出ていなかったから、桜が咲いているなんて全く知らなかった。
さらに言えば、今年の桜の開花予想が3月18日前後ということは知っていたけれど、もう3月18日を過ぎているなんてことも知らなかった。
最後にちゃんと外に出た記憶があるのは、2週間くらい前のことだ。
その時はまだ蕾も大きくなっていなかったし、どちらかと言うと紅白の梅の方が元気だった。
でも、今日見てみたら、桜も結構しっかり咲いていた。
1輪2輪とかのレベルではない。木によって個体差はあるけれど、全体の3分の1から2分の1くらいの量の花が開いている木も多くあった。
河津桜みたいに早咲きの桜なら別になんてことはないけれど、うちの近所の桜は大体ソメイヨシノのはずだ。
世間はすっかり春になってしまった。
僕が知らないうちに、春になってしまった。
薄雲のかかる夜空に向かって咲く花を見つめながら、僕はそんなことを思っていた。
去年までは毎日のように外に出て色々な場所を巡り、少しずつ移ろう季節を感じながら「春はまだか」と春を待ち望んでいた。
それが今年は気づいたら春になってしまっていた。
なんなら春もだいぶ過ぎてしまったような印象すらうける。マリオカートでちょっとよそ見をしている間にレースがスタートしていて、気づいた時には半周差がついていた、みたいな感覚だ。
僕の思い描いていた春の訪れは既に過去のものとなってしまっていて、僕はその春のお残しを享受することしかできなくなっていた。
僕は春に置いていかれた。心外だ。
僕の生活において、季節の移ろいは既に非日常へと成り下がってしまったのだ。
連続的な変化から断続的な変化になった季節は、段々とその繋ぎ目の記憶が曖昧になって、やがてイベントのように消費されるようになってしまうかもしれない。
こんな悲しいことがあろうか。
なんでこんなことを思ったのかはよく分からない。
だけど、今日僕は道端にさも当たり前のように咲いている桜を見て、猛烈な寂しさに襲われていた。