革靴の巻
新しく靴を買ってしまった。
しかも革靴である。
ファッションへの意識の低さには定評のあるこの僕が、
非常に手入れの面倒な革靴を購入してしまった。
だってかっこよかったんだもん。
たまにはそういう買い物もいいよね。
本当のところを言うと、
かっこいいのも十分要因のひとつではあるが、
革靴を買った最大の要因は、
店員さんの押しに負けたからである。
確かに僕に革靴への憧れ意識はあったし、
雨の日ように防水の靴を求めて店内を彷徨いていたらたまたま革靴コーナーにたどり着いてしまったのがいけないのかもしれない。
本当はもっとゆっくり色々な靴を見比べたかったのに、
革靴を一度手に取った瞬間にどこからともなく店員が現れて、
「よかったら試し履きだけでもしていきませんか?」と、
あたかも自分はいいことをしているかのような優しい声で話しかけてくるのである。
そこで完全に店員に買い物のペースを握られた僕は気がつくと、
「この靴、27.5cmか28cmって今あります?」
などと吐かしていた。
あまりにも自分の口から思ってもいない言葉が出てきて驚き桃の木山椒の木である。
サイズまで聞いてしまってはもう買う気があると捉えられてもおかしくないではないか。
意気揚々と靴をバックヤードから持ってきた店員を前にして、
僕はずっと靴を買わない言い訳を考えていた。
このまま行くと完全に靴をもってレジに向かう道は見えている。
いかにこの道を降りて別のルートへ舵を取ることができるか、
頭の中ではそのことばかりで店員の靴の説明は半分も入ってこない。
箱の中から現れた新品の靴に恨みはないが、
出された以上履かない訳にはいかないのでしぶしぶ靴を履いてみる。
何か欠点のひとつやふたつ見つけてやれば買わない理由になっただろうに、
恐ろしく洗練されたその靴を貶す語彙力を兼ね備えていない僕は、
鏡の向こう側で僕を見つめる店員と、
鏡に映る靴を履いた自分を交互に見比べることしかできなかった。
僕はそのままソファに座って靴を脱ぎ、
店員に渡して一言、
「これ、買います」
とだけ呟いた。
そしてそのまま流れに身を任せて、
手入れ用のクリームと防水スプレーまで買ってその店を出た。
思いもよらない出費に愕然とする反面、
新しく手に入れたこの革靴をどうしてやろうかと考える自分の姿は、
少しばかり嬉しそうであった。
さて、
せっかく買ったこの革靴、
どんな風に育ててやろうかしら。